
平昌五輪出場、そして日本選手権連覇。日本カーリング界の第一線を走り続けてきた山口剛史選手。しかしながら、2026年ミラノ・コルティナ五輪の道は、あと一勝の差で涙をのむこととなった。
「過去のミスも未来の不安も、すべてはパフォーマンスを阻むノイズでしかない」
そう語る山口選手は、過去を振り切り、すでに2026年6月の日本選手権を見据えている。今なお成長を追い求める山口選手に、現在に至る足跡と、勝利のための集中力を生み出すマインドについて聞いた。
プロフィール
山口剛史。1984年11月21日生まれ。北海道出身。 9歳でカーリングを始め、高校2年生でU−21世界選手権に出場。世界選手権9度出場、2018年には日本男子20年ぶりとなるオリンピックに出場し8位入賞を果たす。日本カーリング協会アスリート委員長を務めるなど、日本カーリング界を牽引する存在。
遊びだったカーリングが「夢」に
— カーリングという競技を始められたきっかけを教えていただけますか。
はい。小学3年生の時に、僕の地元の北海道南富良野町っていう所に、たまたまカーリング場ができたんですよね。本当にすごい小さな田舎で、僕の住んでいた地区は100人くらいしか住んでいないような場所でした。
これといった遊び場もなく、同級生も4人しかいないんですけど、ちょうど同級生のお父さんがカーリングを始めたばかりで。「一緒にやらないか」ってその子供に誘ってもらったのが、最初のスタートですね。
— そうすると、スポーツというよりは公園で遊ぶくらいの感覚でしょうか?
そうです、冬なんてやることがないので、家の外に出られるのがすごい楽しかったんですよね。夜に友達とみんなで集まって何かをするっていうのが新鮮で、カーリングというよりは、それが楽しくて始めました。
実際に始めてみたら、子供だけじゃなく大人も混じって、「みんなで一緒に遊ぼうよ」という感じだったので、自然とカーリングにのめり込んでいきました。
— 今でこそ注目度も高いカーリングですが、その当時は競技としての認知度も決して高くなかったですよね?
はい、本当に「カーリング?何それ?」って言われるくらいのマイナー競技でした。でも僕が始めた1993年には、5年後に開催される長野オリンピックで正式種目になることが決まっていて、カーリング場にもそのことが貼り出されていました。
その長野オリンピックに出た選手の中に、一緒にオセロなんかをして遊んでくれた近所のお兄さんがいたんですが、身近な人がオリンピックに出ている姿を見て、「いつか僕もオリンピックに出たいな」と思うようになりましたね。
— 山口選手は中学・高校でカヌーやラグビーにも取り組まれていますが、最終的にカーリングを選んだ理由は何だったのでしょうか?
僕の地元はカヌーも盛んで、家の近くに有名な川があったので、始めは遊びの一つとしてやっていたんです。大学はカヌーが強い埼玉の大学にスポーツ推薦で入ったりもしました。
そこには日本代表として活躍するような先輩たちがいたのですが、彼らの話を聞くうちに、「スポーツで世界を目指すのって、すごくカッコいいな」と思ったんです。そこで、どの種目が一番世界に近いのかな?と考えてた時に、カーリングに一番チャンスがあるなと思って。大学1年の冬に、カーリング一本で行こうと決めました。

©Karuizawa International
「今」に集中することでノイズを遮断する
— テレビなんかで試合を見ていると、氷を磨くスイーピングの姿が印象的ですが、あれは英語の意味の通り、掃除をしているような感覚ですか?
掃除をする、磨く、というよりは「削る」という感じですね。削りこんで氷をなくしていくというイメージでやっています。それと、削るといってもただガムシャラに削ればいいわけではなくて、状況を読んで、ストーンを進ませたい時は100%で削るし、様子を見る時は80%にする。そんな風に、氷の状況を見極めて、細かく考えながらやっています。
— そうなんですね。そうすると、経験や頭だけではなく、筋力もカーリングには必要なのですね。
はい、ここ10年くらいでカーリングの世界の構造も変化していて、少し前までは年を重ねた経験値の高い選手が活躍する風潮にありましたが、今は若い選手なんかを中心に筋トレをして、身体を大きくして、「削る」効果を最大限発揮するような傾向にありますね。
— 頭も体も酷使するとなると、集中力を持続するのが大変だと思いますが、秘訣なり工夫されていることは何かありますか?
集中力を削ぐノイズをいかに遮断するか。それが大事ですね。僕の場合、集中できていない時は意識が過去のミスや未来の不安に飛んでいる時なんです。だから、試合だけではなく、日常生活から、今、目の前のことだけに全力を出す意識づけをしています。
あとは、僕たちSC軽井沢クラブの合言葉である「ごきげん」。やはり、不機嫌だと人のミスを指摘したくなったり氷を叩いたりしてしまいますけど、ごきげんでいれば笑顔になれるし、心も優しくなって仲間を助けられる。その意味で、ごきげんな時が一番パフォーマンスが高いんです。

©Karuizawa International
成長が今も背中を押してくれる
— 山口選手は2018年の平昌オリンピックに出場されました。一旦は子供の頃からの夢を叶えられ、また、その後は2大会出場を逃されたということで、競技を辞めるという選択肢もあったと思いますが、そうはならず、今も続けられている原動力はどこから来るのでしょうか?
「成長」ですね。平昌に出た時、自分ではカーリングを9割は把握したつもりで満足してたんです。でもそのあとに、混合ダブルスで世界大会に出ることになって、J・D・リンドという海外コーチの指導を受ける機会があったのですが、コーチから聞いた戦略や投球動作の話がどれも新しくて、自分はまだカーリングの3割程度しか知らなかったんだって気づかされたんです。
知らないことがまだ7割もあるなら、まだまだ成長できるチャンスがある。年齢に関係なく、自分次第で変わっていける。そう思えて、成長するのが楽しくて、まだやめられないんです(笑)。
— 年齢に関係なくというお話がありましたが、我々が提供している「アドクリーナー」という製品も、子供から大人まで年齢に関係なく、幅広い年代の人たちに使ってもらうことを目指しています。山口選手はカーリングの指導もされていると思うのですが、広い層にカーリングを教える、カーリングの魅力を伝えるといった時に、意識されているようなことはありますか?
そうですね、教えるという点で言うと、大人の方に指導するよりも、4歳、5歳の子供に教える方が難しいんですよ。なぜなら、言葉が通じない(笑)。だから、子供たちに指導する時は、言葉の伝え方や、教え方をすごく考えます。
ただ、これは僕にとってもいい機会になっていて、子供たちに教えるという時間を通して、あらためてカーリングの基礎だったりテクニックを分解して考えるきっかけになっています。それと、彼らが氷の上で滑って転んで、純粋に楽しんでいる姿を見ると、僕も始めた頃の初心を思い出せたりもします。心がクリーンになる感じですね。
— 最後に、6月に開催される日本選手権に向けて意気込みを聞かせてください。
結果としての目標は2連覇を達成したいです。心構えの部分では、1試合目から決勝まで、すべてのショットをおろそかにすることなく、大事に、丁寧に投げる。そうありたいと思っています。心からノイズを遮断して、100%集中した状態で最高の締めくくりをしたいですね。
— ありがとうございました!日本選手権でのご活躍、期待しています